児童福祉の現場から⑦ 〜社会的養護の世界〜

 「社会的養護」という言葉をご存じだろうか。

 「社会的養護」とは、虐待や病気などの理由で保護者に育てさせることが適当でない子どもや、死別、失踪などで保護者のいない子どもに対して、公的な責任として社会的に養護を行うことをいう。

 こうした社会的養護の対象となる子どもの人数は、全国で約4万7千人。このうち、約3分の2に当たる約3万人が児童養護施設で生活している。
 施設で生活している子どものうち、半数以上は虐待を受けた経験のある子どもで、その内訳は、約7割がネグレクト(育児放棄)、約4割が身体的虐待などとなっている(複数回答)。
 また、近年障がいのある子どもが増加しており、施設で暮らしている子どものうち、障がいの診断が付いている子どもだけでも23%となっている。診断が付いていないが、発達障がいなどが疑われるいわゆるグレーゾーンの子どもを含めれば、およそ半数は何らかの障がいがある子どもというのが実感である。

 このほか、約5千人の子どもが里親のもとで生活している。里親というと、身寄りのない子どもを、養子として引き取るいわゆる養子縁組を思い浮かべる人も多いかと思うが、実際には、養子縁組を前提としないケースの方が多い。こうしたケースでは、里親は、国や自治体から支給される手当を受け取って、保護者に代わり子どもを育てている。手当の額は、子ども一人当たり毎月7万2千円(二人目以降3万6千円)。このほか、食費や洋服代として、子ども一人当たり毎月約5万円が支払われている。なお、この手当は、平成21年度に、月3万4千円から月7万2千円へと大幅に引き上げられた。

 この社会的養護の分野において、最近大きな動きがあった。それが、平成23年3月に厚生労働省が発表した「里親委託ガイドライン」である。

「里親委託ガイドライン」(平成23年3月30日雇児発0330第9号)(抄)

2.里親委託優先の原則
家族は、社会の基本的集団であり、家族を基本とした家庭は子どもの成長、福祉及び保護にとって自然な環境である。このため、保護者による養育が不十分又は養育を受けることが望めない社会的養護のすべての子どもの代替的養護は、家庭的養護が望ましく、里親委託を優先して検討することを原則とするべきである。(略)

3.里親委託する子ども
里親に養育を委託する子どもは、新生児から高年齢児まですべての子どもが検討の対象とされるべきであり、多くの課題を持ち、社会的養護を必要としている子どもの多様さを重視し、子どもと最も適合した里親へ委託する。

 社会的養護が必要な子どもを里親に預けることを「里親委託」というが、このガイドラインでは、「里親委託優先の原則」を打ち出すとともに、里親委託の対象はすべての子どもとされるべき、と記している。

 このガイドラインが出された当時の状況では、先に挙げた児童養護施設や、乳児院などそれ以外の施設を含めると、社会的養護の対象となる子どもの約9割が施設で養護されていた。裏を返せば、当時里親に委託されている児童の割合は1割程度だったわけであり、その中で、「里親委託優先の原則」を打ち出した厚生労働省ガイドラインは、かなり思い切った方針として物議をかもした。
 もっとも諸外国に目を転じれば、欧米主要国の里親委託割合は、イギリスが7割、ドイツ・フランス・イタリアが5割、アメリカが8割など、概ね半数以上が里親委託となっている。こうした中で、日本の里親委託率が1割というのは国際的には特異な状況であり、厚生労働省ガイドラインは、欧米各国の流れに沿ったものともいえる。
 ちなみに、国連が示しているガイドラインにおいても、施設養育は限定的にすべきとの方針が示されている。

 社会的養護の世界にはさまざまな課題があるが、私は、一番の課題はその現状が世の中にあまりに知られていないことにあると思っている。最近でこそ、「タイガーマスク運動」(児童養護施設に匿名でランドセルなどを寄付する運動)が注目されたが、保育所などの他の児童福祉と比べても、あるいは高齢者福祉や障がい者福祉と比べても、社会的養護の分野はこれまでほとんど光が当たらない世界だった。
 世間で知られていないということは、施策の推進力が乏しく、端的に言えば予算が付かないということだ。例えば、児童養護施設の職員配置は、小学生以上の場合子ども6人につき職員1人という割合だったのが、平成24年4月に子ども5.5人につき職員1人と、若干の引き上げが行われた。しかし、このわずかな充実を行うのに実に30年以上かかっている。社会的養護の分野にいかに光が当たって来なかったかが分かる。逆に言えば30年間据え置かれていた基準を引き上げるのは大変な努力が必要となるわけで、その意味では、「タイガーマスク運動」も確かに追い風になったし、社会的養護に熱心だった小宮山元厚生労働大臣のリーダーシップ、そして、担当のT課長やS室長の努力に改めて頭が下がる思いだ。

 というわけで、皆さんに社会的養護の世界について少しでも知っていただくためにも、引き続き、このテーマについて書いていきたい(続く)。


(参考)里親委託と大分県
 実は、大分県は、里親等(里親及びファミリーホーム)委託率が近年急上昇している地域として注目されている。大分県の里親等委託率は、ここ10年間で1.2%から25.1%まで増加しており、国が掲げる将来目標の33%に急速に近づきつつある。
 この背景には、いくつかの要因がある。一つは、里親等委託の有効性を、児相職員が広く共有していることだ。当初は、職員の中にも、養育の密室性や手間の増加といった理由で反対する声もあったが、実際に委託を始めてみると、子どもの表情や状態の変化に皆が驚いたという。こうした成功体験の共有により、現在では、子どもの処遇を検討する場合、まずは里親等委託の可能性を議論することが当たり前となっている。
 児童養護施設が、里親等委託の重要性を理解していることも大きな要因の一つだ。里親等委託率の上昇は、一方で施設に入所する児童数の減少を意味するから、両者の相互理解は不可欠だ。このため、県では、里親研修や里親サロンにおける両者の交流、里親の施設見学、施設入所児童の家庭生活体験(トライアル里親)の実施などにより、両者の相互理解に努めてきた。
 市町村の理解も要因の一つだ。里親等委託の魅力の一つは、子どもが地域の中で育つことを確保することにあるが、そのためにも市町村の理解と支援が欠かせない。県では、里親制度説明会や研修会への参加の呼びかけなど、市町村への継続的な働きかけを行ってきた。県南部の佐伯市では、市職員の里親サロンへの参加や家庭訪問などが行われ、里親が地域の社会資源として認知されている。
 里親等委託は、施設入所と比べると児相の事務量が増加する。委託率が上がっても、養育の質が低下したのでは何の意味もない。県では、里親専任職員の配置など、体制強化を順次進めているが、今後とも、里親への支援をしっかり行い、量だけでなく質の確保を図っていきたい。

児童福祉の現場から⑥ 〜保育所 vs. 幼稚園〜

 以下は、保育所ステレオタイプ保育士(「保」)と幼稚園ステレオタイプ教諭(「幼」)との会話。

 保:幼稚園の先生は気楽でいいよね。仕事は2時までで、夏休みもあるし。
 幼:最近は預かり保育で夕方まで預かってるし、夏休み中も園を開けてるよ(※1)。それに、翌日の準備もある。何しろウチは教育機関だから。ただ預かってるだけの保育所と比べないで欲しいな。
 保:保育ってどういう意味だか知ってる?「養護+教育」を保育と言うって厚労省の指針に書いてあるよ(※2)。ウチの保育所にはピアノだってもちろんあるし、英語教育だってやってるよ。
 幼:まあ、教育的なものをやっているのは認めるけど、問題は中身だよね。幼稚園の先生は、研修もしょっちゅうある(※3)し、担任制でしっかり教えてる。カリキュラムだって、年単位、月単位、週単位で細かく計画的に作ってるよ。第一、幼稚園には「建学の精神」ってものがあるんだ。
 保:保育所だって、指導計画を作ってるよ。だいたい、カリキュラムっていうと、何だか立派に聞こえるけど、計画ばかりで子どものことをちゃんと見てないんじゃないかな。保育所には、いろいろなご家庭の子どもが来る。恵まれた専業主婦家庭の子どもばかり来る幼稚園とは違うよ。「建学の精神」もいいけど、手のかかる子どもを断る理由になってないかな(※4)。
 幼:だから最近では延長保育もやってるし、共働き家庭の子どもだってたくさん来てるんだって。発達障がいのある子どもだってもちろんいる。この前だって、お母さんに発達支援センターに行ってみないかと説得するのに大変だったんだ(※5)。
 保:そちらから保護者支援の話が出てくるとは意外だな。親支援は保育所の専売特許だと思っていたけど。
 幼:幼稚園だって子育て相談をやっているよ(※6)。ウチでは大学の先生に週1回来てもらってる。でも、保育所は赤ちゃんがいるから、そのあたりは大変そうだね。
 保:最近は親の子育て力が落ちてるよね。ミルクの作り方が分からないという親がいてびっくりしたこともある。園としても、小さい子が多いから、事故や怪我にはとても気をつかってる。ちょっとでも怪我をさせたら、ものすごい勢いで怒鳴り込んでくる親もいるから。。。
 幼:保育所は過保護だなあと思うことがあったけど、そういう理由もあるんだね(※7)。まあ、大変な親がいるのはウチも同じだけど。
 保:親も大変だけど、子どもも大変。最近は、特に手のかかる子どもが増えてる気がする。手がかかるからといって保育士が増えるわけでもないし(※8)。。。
 幼:それはウチも同じ。発達障がいの研修があればいつも参加してる(※9)。幼稚園は担任制だから、人繰りにいつも苦労しているよ。
 保:確かに幼稚園は先生が少ないよね。人が少ないから育休も取れないって話を聞いたことがある(※10)。
 幼:ウチの園は育休どころか恋愛禁止(※11)。AKBじゃあるまいし。。。
 保:恋愛禁止! それはさすがにひどいねえ。
 幼:でも、こうやって話してみると、幼稚園と保育所って意外に似てるねえ。
 保:かつては、幼稚園は専業主婦家庭向け、保育所は共働き家庭向け、という感じだったけど、最近は、幼稚園でも預かり保育を充実しているし、保育所でも教育に力を入れているから、実態としてはかなり近づいてきているのかもね。
 幼:確かに。考えてみれば、ほとんどの先生が保育士と幼稚園教諭の両方の資格を持ってるわけだしね(※12)。
 保:もっと現場レベルでの交流が必要だね(※13)。
 幼:うんうん。今日は話せて良かったよ。これからもよろしく!

 ※ この物語はフィクションであり、毎回このようにうまくいくとは限りません。


※1 預かり保育をしている幼稚園の割合:81.4%、夏休み中に預かり保育をしている幼稚園の割合:74.7%(平成24年度幼児教育実態調査(文部科学省))
※2 保育所保育指針(厚生労働省告示第141号)では、「実際の保育においては、養護と教育が一体となって展開されることに留意することが必要」とされている。
※3 幼稚園の新規採用教員研修の状況:園内9.0日、園外8.8日(平成24年度幼児教育実態調査(文部科学省))。保育所の研修の日数に関するデータは見当たらないが、筆者の実感としては、幼稚園の方が保育所よりも研修の機会が多いような気がする。
※4 保育所は、市町村から保育の委託を受けたときは、正当な理由がない限り拒んではならない、とされている(児童福祉法第46条の2)。一方、幼稚園は、保護者との直接契約となるため、制度上、選考の自由がある。
※5 筆者が実際に幼稚園の延長から聞いた話。
※6 子育て支援活動をしている幼稚園の割合:86.6%(平成24年度幼児教育実態調査(文部科学省))
※7 データはないが、筆者の実感としては、保育所の方が安全面の管理がしっかりしている一方で、幼稚園の方が怪我を恐れずに思い切って遊ばせる傾向が強いような気がする。
※8 障がい児保育への加算は、市町村によって異なるが、保育所からは加算が不十分という声が強い。障がいが疑われても、きちんとした診断が付かないと、加算の対象とならないという点がネックになっている場合もある。
※9 大分県では、保育所、幼稚園、小学校などの職員を対象にした発達障がい者支援専門員研修を実施しているが、毎年、定員を大幅に上回る応募がある。
※10 幼保連携型認定こども園認可保育所+認可幼稚園)の園長から、施設が一体になることで職員のローテーションが可能になり、幼稚園の先生も育休を取ることができるようになった、という話を聞いたことがある。
※11 筆者の娘がかつて通っていた幼稚園では、先生の恋愛禁止が父母の間で知れ渡っていた。
※12 現職では7割〜8割、新卒では8割〜9割が、保育士と幼稚園教諭の両方の免許を持っているとされる。(内閣府「平成22年10月14日第1回幼保一体化ワーキングチーム参考資料」より)
※13 大分県では、平成24年度から、幼稚園、保育所認定こども園、認可外保育施設の職員が一同に会した合同研修会を実施している。参加者からは、「保育士と教諭では、子どもの視点の幅が違うと感じた」、「幼、保など様々な団体が入っているので、色々な話が聞けてよかった」、「同じような課題を抱えていても、施設、公私ごとに解決策が違うが、可能なことはどんどん取り入れたい」といった前向きな声が多かった一方で、「意見は色々と聞けたが、公立私立では違うので、自園の解決にはならない」といった意見もあった。トータルの「参考になった率」(アンケートで「大変参考になる」、「参考になる」と答えた人の割合)は、97.9%と極めて高かった(延べ186人中182人)。

児童福祉の現場から⑤ 〜保育ニーズの把握〜

 前回、待機児童数の数え方が自治体によってまちまちであることや、その結果として保育ニーズの把握が的確に行われていないのではないか、という点について述べた。
 今回は、その保育ニーズの把握が、新しい制度の中で今後どのようになっていくのかという見通しを書きたい。

 子育てに関する国の制度が、今、大きく変わろうとしている。かつて子ども・子育て「新システム」と呼ばれていた、子ども・子育て支援に関する新しい仕組み(「子ども・子育て支援新制度」)は、昨年夏の国会で法案が成立し、早ければ平成27年4月からの本格施行を目指して準備が進められている。この新制度においては、就学前の教育・保育を充実するため、認定こども園の推進や小規模保育の充実など、さまざまな内容が盛り込まれているが、新制度の大きな狙いの一つが、保育ニーズを的確に把握することにある。

 新制度のもとでは、まず、子どもごとに保育の必要性の認定が行われる。介護保険と比較すると分かりやすいが、介護保険で言うところの「要介護認定」のようなものだ。いわば、「要保育認定」である。詳細はまだ検討中であるが、例えば、両親がフルタイムで働いていれば「要長時間保育」、パートタイムであれば「要短時間保育」、専業主婦家庭であれば「保育認定なし」といったように、保育の必要量に応じた認定がなされる。そして、認定の内容を記した認定証が交付され、その上で、保育の認定を受けた子どもが、保育所や幼稚園で保育などのサービスを受けた場合、認定に応じた金額が施設に支払われる。これも介護保険と同じだ。

 この仕組みのミソは、「保育の必要性の認定」という手続きを独立させたことだ。現在の仕組みでは、保育に欠けるかどうか(=保育ニーズ)という判定と、保育所に入れるかどうかの決定が同時に行われているため、どうしても、結論である保育所に入れるかどうかという点に力点が置かれ、その前段としての保育ニーズの把握が十分行われていない傾向があった。それを、新しい制度では、「保育の必要性の認定」という手続きを取り出すことで、保育ニーズの把握を独立して行うということになっている。

 この点について、国会では、小宮山厚生労働大臣(当時)が、以下のように答えている。
 山本香苗君
 それでは、子ども・子育て三法案についてお伺いしますが、保育所に子供を預けるに当たっては、まず保護者が市町村の窓口に行って申し込んで、そして市町村が保育に欠ける児童かどうか判断して保育所を決めると、これが現状ですね。修正案におきましては、市町村に申し込んで市町村が保育所を決定すると、これは同じなんですけれども、その際に、市町村が客観的な要件に照らして保育が必要な児童と認定する手続というのが必要となっております。
 この新たな仕組みに変わることによって何がどう変わるのかと。既に保育所にお子さんを預けておられる方々、また、これから預けたいなと思っていらっしゃる方々に分かりやすく御説明いただけますか。

 国務大臣小宮山洋子君) 
 これまで、保育所に入る子供たちの保育に欠ける要件をどうするのかというのは、もうずっと十年来あるいはそれ以前から議論をされていたところですけれども、これまでは保育に欠けるという判定と保育所へ入れるかどうかの決定が同時に行われるということだったので、さっき申し上げたように、地方の裁量によって受け入れる余裕がないときにはそれが受け入れられないという、しっかりと把握されていないという点がありました
 今回は、保育に欠けるということに代わって、子ども・子育て支援法に基づいて、入所判定とは独立した手続として、市町村が申請のあった保護者に対して客観的な基準に基づいて保育の必要性を認定をするということになりました。これによって、これまでどうせ受け入れてもらえないという諦めていた方も含めて、潜在的な需要が従来よりもかなり正確に把握できることになると思います。それで、保育所認定こども園、地域型保育事業など、計画的にその需要に見合ったものを整備をし、それに対して財政支援をきちんとするというような仕組みになります。(略)
  ――――平成24年7月25日参議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会会議録(抄)

 このように、「保育の必要性の認定」を客観的な基準に基づいて行うことにより、保育ニーズを正確に把握する、ということが明確に答弁されている。

 気になるのは、この「客観的な基準」のところだ。どのような基準によって、保育の必要性の認定を行うのか。例えば、祖父母が面倒を見られる場合はどうするか、求職中の取扱いをどうするか、「要長時間保育」と「要短時間保育」の境目は何時間の就労とするのか、など、詰めるべき事項はたくさんある。これらは今後の検討課題とされており、今年4月から国に設置される「子ども・子育て会議」で議論される。その資料は、内閣府のホームページで速やかに公開されることになっているので、要注目である。
 また、「客観的な基準」とあわせて、市町村における実際の取扱いがどのようになるのかも注目である。前回書いたように、例えば、求職中の場合の取扱いについては、厚生労働省の基準では「求職活動の状況把握に努め適切に対応する」となっているにも関わらず、実際の取扱いでは、一律に待機児童とする、もしくは一律に待機児童としないという、どちらにしても一律の取扱いがなされていた。今後、「保育の必要性の認定」が独立した手続きとして行われるようになって、認定証が出るか出ないか、ということになれば、個々のケースについて、保育の必要性の認定をよりきめ細かく行う必要が出てくるだろう。

 いずれにしても、今後、保育の必要性の認定が実際に始まれば、保育の必要性の認定を受けた子どもが何人で、そのうち保育所などに入っている子どもが何人、ということが明らかになってくる。その二つの人数の差が、保育の必要性があるのに保育所に入れない子ども、すなわち待機児童ということになる。その数字がどのくらいになるのか。今公式に発表されている数字とどのくらい違うのか。今後も目が離せない。

児童福祉の現場から④ 〜待機児童の数え方〜

 前回、厚生労働省による「待機児童」の定義や、その「待機児童」と実態(実感)としての「待機児童」の差がなぜ生じるのか、といった点について書いた。
 今回は、実際に自治体で待機児童をどのように数えているか、ということについて書いてみたい。

 このブログを書くに当たり、各自治体の待機児童の取扱いがどうなっているのか、ネットでいろいろと調べてみたところ、非常に興味深い資料を発見した。それが、以下のURLにある、千葉県市川市の資料である。
 http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000119290.pdf
 (「平成23年度第3回 児童福祉専門分科会資料」(平成23年9月30日 千葉県市川市こども部保育課))

 PDFの資料なので、携帯からは見ることができないかもしれず申し訳ないが、中身を見ると、1〜2ページに入所基準の考え方や論点が記載されており、3〜4ページに具体的な入所基準の表が書いてある。そして、5ページには国基準による待機児童の定義が書いてあり、6ページにその国基準を千葉県内の各市がどのように取り扱っているかが書いてある。どうやらこの資料は、市川市の審議会において、保育所の入所基準について議論した際の資料のようである。

 まず、資料の3〜4ページにあるように、具体的な入所基準の設定や、変更に関する考え方や議論を、HPで公開しているのは良い取り組みだと思う。入所基準自体を公開している自治体は多くあるが、変更の経緯を含めてきちんと公開しているのは評価すべきであろう。
 そして、この資料の白眉は、6ページの千葉県内各市の取扱いを記した表である。これは、5ページの国が示している基準を、各市がどのように取り扱っているかを表にしたものであるが、これを見ると、必ずしも、国が示している基準通りに待機児童数のカウントがされておらず、市によってその取扱いにばらつきがあることが分かる。

 例えば、(注6)の欄を見ると、

 産休・育休明けの入所希望として事前に入所申込が出ているような、入所予約(入所希望日が調査日よりも後のもの)の場合には、調査日時点においては、待機児童数には含めないこと

 という国の基準に対し、国の基準通り「待機児童としない」と取り扱っているのが4市、「待機児童とする」と取り扱っているのが4市、一定の要件を付けて「待機児童とする」と取り扱っているのが2市となっている。

 ほかにもいろいろと興味深い点があるが、特に注目すべきは、(注1)の保護者が求職中の取扱いについてである。
 前回も書いたとおり、厚生労働省の定義による「待機児童」と、実態(実感)としての「待機児童」がおおきくズレる理由が、この「保護者が求職中の場合の取扱い」にあると思う。なぜなら、保育所に入れずに困っている人の多くが求職中だからである。
 厚生労働省の定義による「保護者が求職中の場合の取扱い」は、

 保護者が求職中の場合については、一般に、児童福祉施行令(昭和23年政令第74号)第27条に該当するものと考えられるところであるが、求職活動も様々な形態が考えられるので、求職活動の状況把握に努め適切に対応すること。

 となっており、要するに、「求職中の場合には、基本的に「保育に欠ける」状態であると考えられるが、求職活動の仕方によっては「保育に欠けない」こともありうるので、求職活動の状況を見極めた上で適切に判断すること」とされている。
 確かに、一言で「仕事を探している」と言っても、ハローワークに毎日通っている人もいれば、求人情報誌をパラパラとめくっているだけの人、あるいは仕事を探そうと思ってはいるものの具体的な活動は行っていない人まで様々であり、そのすべてのケースが「保育に欠ける」とは思われないから、その意味では「求職活動の状況を見極めた上で適切に判断すること」というのも基準としては正しいのだろう。ただ、都市部であれば1,000件を超える申し込みがある中で、その一つ一つの求職状況を個別に確認していくのは、実務上困難だ。だから、この資料を見ると、実際には個別に求職状況を確認している市はなく、一律に待機児童としている(市川市含め2市)か、一律に待機児童としない(7市)か、ひとり親家庭の場合は一律に待機児童とする(1市)、といった取扱いになっている。そして、仮に、求職中の場合は一律に待機児童としない、という取扱いをした場合、結果として上がってくる「待機児童」の数と、実態(実感)としての「待機児童」とのギャップは、上に書いたように相当大きくなるだろう。

 この資料にあるとおり、市川市は、保護者が求職中の児童については、一律に待機児童として取り扱っている。そのせいもあってか、厚生労働省の発表による市川市の「待機児童数」は多くなっている。最新のデータ(「保育所関連状況取りまとめ(平成24年4月1日)」(厚生労働省))によると、平成24年4月1日現在の市川市の待機児童数は296人で、全国で18番目に多く、千葉県内では最も多くなっている(ちなみに、千葉県内で次に多いのが船橋市で183人、次いで柏市が133人などとなっている。)。千葉県内で、市川市が待機児童が一番多いというのは、直感的におかしい感じがするのは私だけだろうか。

 ところで、待機児童数に関する市町村のスタンスはどう考えるべきだろうか。一般的には、市町村としては、待機児童の数字をできるだけ抑えようという気持ちが働くと考えられる。待機児童が多いことはそれだけで批判の対象となりうるし、子育てがしにくい町という評判が立てば若い人が集まりにくくなるからだ。特に「待機児童数」は、一見すると客観的な数字が明確に出るため比較の対象とされやすく、例えば、「子育てがしやすい町」ランキングなどでは、待機児童数が順位付けに大きな影響を与える。これまで書いてきたように、実は、その数え方に相当のばらつきがあるのだが、マスコミ報道などでは数字のみに注目が集まるため、市町村としてはできるだけ少なく数えようという力が働くことになる。
 一方で、待機児童数が多いことは、それを解消しようという声が大きくなって、施策を進める原動力になる。逆に言えば、待機児童数が低く抑えられていると、保育所の定員を増やすことは難しい。「待機児童数」がゼロなのに、どうして、新しい保育所を作ることができるだろうか。
 だからこそ、公表される「待機児童数」が、実態(実感)の「待機児童数」と乖離しないようにすることが大切なのだ。

 その意味で、市川市が、こうした資料をきちんと公開して、正面から議論をしようという姿勢は大いに評価すべきであろう。実際、市川市議会の議事録を見ると、そのことが議論になっている。

守屋貴子議員
 (略)今、待機児童数の国基準のカウントの現状についてお伺いをしたんですけれども、市川市の状況はわかったんですが、近隣市はどのようになっているのか、この点についてまずお伺いをしたいと思います。(略)

鎌形喜代実こども部長
 (略)他市、近隣市におけるカウントの違いの部分でございます。(略)国から示された定義により待機児童としてとらえるか否かというところでございますが、一般的にほかの市と比べまして、他市と比べまして、本市の待機児童という解釈は比較的広くとらえているということが、比較してみてわかりました。幾つかの例を言いますと、1つとして、保護者が求職中の場合につきまして、今市川市の、先ほどの1,070人の中の210名いるんですが市川市では、特定の保育園を1園だけ希望している人の申し込み者を除いて待機児童としてカウントしているんですが、近隣市では、保護者が求職中の場合は待機児童としていないような市もあると聞いております。(略)

 「市川市 会議録 守屋貴子議員」(市川市http://www.city.ichikawa.lg.jp/cgi-bin/kaigi.cgi?filename=kaigi_121207.txt&count_c=46 (2012年12月7日の市川市議会での会議録))

 これによると、平成24年10月1日時点で、保護者が求職中の児童が210名いるということが示されており、もし、(千葉県内の他市のように)これを一律に待機児童にカウントしないという取扱いにすると、公表される「待機児童数」は相当少なくなると思われる。そこを、市川市としてはあえてカウントすることで、「待機児童が県内で一番多い」という批判を覚悟しながらも、保育所の定員増という施策の推進力としているのである。

 以上見てきたように、待機児童を巡る一番の問題は、その根本である「待機児童数」の数え方が市町村によってばらついていること、そして、そのことがあまり認識されておらず、数字だけを取り出した議論がされることが多いことにあると思う。要するに、正確な保育ニーズがきちんと把握されていないのである。
 先の国会で成立した、「子ども・子育て支援新制度」の一つの大きな狙いは、実は、この保育ニーズを正確に把握することにある。そこで次回は、この制度に盛り込まれた、保育ニーズを正確に把握する仕組みについて解説したい。

児童福祉の現場から③ 〜待機児童のナゾ〜

 毎年、この時期になると新聞の紙面を賑わすのが待機児童問題だ。今年は、待機児童ゼロを目標にする横浜市の取り組みが話題になった。
 「横浜市の林文子市長(66)が公約に掲げている「保育所の待機児童ゼロ」が目前に迫っている。平成22年4月には全国の自治体で最多の1552人だった待機児童数は、積極的な施策の推進で24年4月に179人まで減少。ゼロ達成後も新規転入などで再び待機児童が生まれることは確実だが、短期間での成果に他の自治体の関心も高い。」
 ――「横浜市、待機児童ゼロ目前 課題はコストと保育の質」(MSN産経ニュース
 http://sankei.jp.msn.com/region/news/130217/kng13021722340007-n1.htm

 一方で、杉並区、足立区、大田区では、保育所入所を求める母親たちが声を上げていると報道されている。
 「子どもを認可保育所に預けられない母親が行政不服審査法に基づく異議申し立てを行っている問題で、東京都大田区の母親たちも7日、区に同様の申し立てをした。同様の申し立ては杉並区や足立区でも行われている。
 大田区によると、4月の認可保育所(91カ所)の入所に3546人が申し込み、1次選考で2241人が内定。選考に漏れた1305人が2次選考に回ったり、認可外保育施設への入所を検討したりしている。うち11件について当事者の母親たちが異議を申し立てた。」

 ――「<認可保育所不足>大田区の母親も異議 1305人選考漏れ(毎日新聞)」(Yahoo!ニュース)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130307-00000036-mai-soci

 全国の待機児童数は、厚生労働省の発表によると、平成24年4月1日時点で24,825人。国は、待機児童の解消に向け、保育所の受入れ人数の引き上げに取り組んでいるが、待機児童はなかなか減らない。特に、平成22年度から平成23年度は4.6万人、平成23年度から平成24年度は3.6万人と、定員引き上げのペースを上げているものの、待機児童数はそれぞれ719人減、731人減となっていて、定員増のわりには待機児童はほとんど減っていない状況だ。(数字は厚生労働省保育所関連状況取りまとめ(平成24年4月1日)」)

 なぜ、数万人単位で保育所定員を増やしているのに、数百人しか待機児童が減らないのか。それは、保育所の定員が増えることによって、これまであきらめていた人が申し込むようになるから、結局申し込み人数が増え、待機児童が減らない、という説明が一般的だ。つまり、保育所の定員増によって、“潜在的”ニーズが掘り起こされる、というわけだ。

 この説明は分からないわけではないが、そうすると、「待機児童数」とは、一体何なのか。先ほど触れた、平成24年4月1日時点の全国の「待機児童数」24,825人とは、一体何を意味しているのか。
 例えば、同資料をみると、冒頭に挙げた杉並区、足立区、大田区の待機児童数は、それぞれ52人、397人、392人となっている。冒頭のニュースでは、大田区では1305人が一次選考に漏れた、とされているが、その数字とは大きく違っている。何より、杉並区の待機児童が52人というのは、実感とはかけ離れた数字ではないだろうか。

 これは、「待機児童」という言葉の使い方に問題がある。厚生労働省は、「待機児童」について、以下のように通知で示している(平成15年8月22日雇児発第0822008号「児童福祉法に基づく市町村保育計画等について」)。

 「(待機児童とは、)各年4月1日において、児童福祉法第24条第1項に規定する児童について、保育所における保育を行うことを希望する保護者が同条第2項の規定に基づき申込書を市町村(特別区を含む。以下同じ。)に提出したにもかかわらず、保育所に入所していない児童のうち、規則第40条各号のいずれにも該当しない者をいう。」

 行政通知なので分かりにくいが、これを分かりやすく言い換えると、

 「保育所の入所申し込みがされており、入所要件に該当しているが、入所していない児童」

 を指している。

 つまり、まず、保育所の入所申し込みがされていない場合、すなわち、「どうせ入れないと思ってそもそも申し込んでいない場合」は、待機児童にカウントされない。また、同居の祖父母などが子どもの面倒を見られる場合も除かれる。
 その他の要件については、同じ通知の中で、厚生労働省が以下のような留意事項を示している。ちょっと長くなるがここが大切なところなので引用したい。

 (1) 規則第40条第1号イの「その他児童の保育に関する事業であつて当該市町村が必要と認めるものを利用している児童」とは、地域の保育需要に対応するために地方公共団体が実施している単独施策を利用している児童であり、当該児童は待機児童数には含めないこと。
 (2) 規則第40条第1号ロに規定するとおり、保護者が入所を希望する保育所以外の保育所に入所することができる児童は、待機児童に算入しないこと。この場合、「保護者が入所を希望する保育所以外の保育所」とは、例えば、
 ① 開所時間が保護者の希望に応えている保育所
 ② 保育所の立地条件が登園に無理のない保育所
 をいうものであること。
 (3) 保護者が求職中の場合については、一般に、児童福祉法施行令(昭和23年政令第74号)第9条の5第6号に該当するものと考えられるところであるが、求職活動には様々な形態が想定されることから、保護者の求職活動の状況把握に努め、適切に対処すること(「保護者求職中の取扱い等保育所の入所要件等について」(平成12年2月9日児保第2号))。
 (4) 保育に欠ける児童を居住地の市町村以外の市町村にある保育所に入所させること(広域入所)についての希望があるが入所できない場合には、入所申込者が居住する市町村において待機児童として算入すること。
 (5) 一定期間待機児童の状態である児童については、保護者の保育所への入所希望を確認した上で、希望がない場合には待機児童に算入しないことができること。
 (6) 保育所に入所しているが、第1希望の保育所でない等の理由により転園希望が出ている場合には、当該児童は待機児童には算入しないこと。
 (7) 産後休業及び育児休業明けの入所希望として事前に入所申込が提出されている場合等(入所予約)であって入所希望日が4月2日以後である場合については、当該児童は4月1日時点の待機児童には算入しないこと。

 このうち、重要と思われる(1)から(3)までについて考えてみたい。
 (1)は、例えば東京都の認証保育所横浜市の横浜保育室など、認可保育所ではないが自治体が認めた一定の認可外保育所を利用している場合には、その人が認可保育所の入所を待っていても待機児童にカウントしない、という趣旨。
 (2)は、近隣の保育所に入れるけれども、第一志望にこだわって待機している場合には、待機児童にカウントしない、という趣旨。
 (3)は、求職中の場合には、基本的に「保育に欠ける」状態であると考えられるが、求職活動の仕方によっては「保育に欠けない」こともありうるので、求職活動の状況を見極めた上で判断すること、という趣旨。
 これらを見ていくと、いずれも、厚生労働省の定義する「待機児童」とは、単に保育所に入れなくて待っている、という状態ではなく、他に子どもをみる人がおらず、保育所に入れなければどこにも行くところがない、という、相当限定した場合を指していると考えられる。

 なぜ、厚生労働省は「待機児童」をこのように限定してカウントするのか。それは、法律上、市町村に保育の実施義務があり、「待機児童」の数字は、保育所の整備という話に直結するからだと思う。保育所の整備に直結して何が悪いのか、と思うかもしれないが、保育所の整備には多額の費用がかかるし、保育士も雇わなければならない。だから、もし、「待機児童」を過大にカウントしてしまうと、公費を無駄に使うことになる。そこで、「待機児童」の範囲を限定し、いわば、(こうした表現が適当かどうか分からないが)「本当に困っている人」に限ってカウントする、というやり方になっているのではないかと思う。

 (ちなみに、私立保育所への国庫負担金がおよそ4千億円、私立保育所の児童数がおよそ120万人だから、ごくおおざっぱに計算すると、地方負担も含めれば保育所の子ども一人当たり年間67万円の公費がかかっている計算になる。)

 このあたりは難しいところで、一歩間違えると保育所に入れなくて困っている人たちから怒られそうだが、「子育ての第一義的責任は保護者が有する」という社会的通念の下で、公的補助(税金)の対象となるニーズを厳格に選別していくというのは、私は基本的姿勢としては正しいと思っている。だからこそ、そうした人たちに対する保育の実施が市町村の義務としてより強く求められることになるし、冒頭に紹介した横浜市のように、それを政策目標に保育所の整備に取り組むという根拠にもなる。
 そうは言っても、実際に出てくる数字が、実態(実感)とあまりにかけ離れているのは問題がある。だから、厚生労働省の定義する「待機児童」の数え方がおかしいのではないか、と批判することも可能だと思う。ただ、むしろ私がここで強調したいのは、厚生労働省のいう「待機児童」が、このような性格をもった数字だということを、皆がきちんと理解することが必要だ、ということである。
 つまり、ニュースなどで報道される「待機児童数」とは、「保育所に入れずに困っている人の総数」ではなく、そうした人たちのうち、他に子どもをみる人がおらず、保育所に入れなければどこにも行くところがない、という相当限定された人の数である、ということだ。だから、仮に自分の住んでいる町の「待機児童数」が5人であったとしても、「うちの町には保育所に入れなくて困っている人はほとんどいない」と思うのは間違いであるし、仮に「待機児童数」が0人であったとしても、保育所に入れなくて困っている人がいる可能性は十分にある。冒頭で、横浜市の「待機児童」がゼロ目前、という記事を紹介したが、おそらく4月になれば、横浜市では「待機児童」がゼロのはずなのに、保育所に入れない、という人が続出して、「話が違う」とまた話題になるような気がする。

 それにしても、厚生労働省の発表する「待機児童数」と、実感としての「待機児童数」との乖離は、なぜこれほどまでに大きくなるのだろうか。私は、一つのポイントは、先に上げた(1)から(7)までの要件のうち、特に(3)の要件、すなわち求職中の場合の取扱いにあると考えている。「仕事をするには保育所を見つける必要があるが、保育所を見つけるためには仕事に就いていないといけない」という話をよく聞くが、実際、「保育所に入れずに困っている人」の多くは求職中であると考えられる。ここをどうカウントするかで、「待機児童数」は大きく違ってくる可能性がある。

 この点について、自治体では実際にどのようなカウントが行われているのか。ネットで非常に興味深い自治体の資料を発見したので、次回、その例を紹介したい。

 ※ 厚生労働省の通知の解釈等については、私が独学で勉強したものなので、政府の公式見解とは異なっている可能性があります。もし、間違っている場合にはご指摘をお願いします。

児童福祉の現場から② 〜子育て今昔〜

 前回、最近になって虐待の相談対応件数が増えているということを書いたが、では、今と昔を比べると、今は、昔に比べて子育てが大変になったのだろうか。
 ミルクをあげたり、オムツを替えたりという子育ての行為それ自体は、今も昔も変わらない(むしろ、調乳器具やオムツの進歩により楽になっている)はずだから、もし、子育てが大変になっているとしたら、変わったのは周囲の環境ということになる。

 平成24年度版の厚生労働白書は、次のように書いている。「少子化核家族化の進行、地域のつながりの希薄化など、社会環境が変化する中で、身近な地域に相談できる相手がいないなど、子育てが孤立化することにより、その負担感が増大している」(P.314)。こうした説明は、児童福祉関係者の間ではよく使われており、実は私自身も使うことがある。だが、これは本当なのだろうか。

 例えば、統計データで20年前と今とを比較してみると、
 出生数:122万人(1991)→105万人(2011)
 合計特殊出生率:1.53(1991)→1.39(2011)
 核家族割合※:69.1%(1992)→79.1%(2011)
 ※子どものいる世帯に占める核家族世帯の割合
 となっており、これをどう評価するかは難しいところだが、少子化核家族化は進んではいるものの、そこまで大きく変わってはいないという見方もできるのではないか。

 むしろ、統計的には、経済環境の変化の方が大きいように見える。
 例えば、生活保護を受けている世帯のうち、稼働年齢層と考えられる世帯(「その他の世帯」)の数は、
 46,717世帯(1991年度)→253,740世帯(2011年度)
 と大幅に増加している(ただし、この世帯数には子どもがいない世帯も含まれている。)。
 また、子どもを持つ世帯の平均所得金額と生活意識をみると、
 所得:747.4万円(1998)→658.1万円(2010)
 生活意識が「苦しい」とする世帯の割合:59.0%(1999)→69.4%(2011) 
 となっており、ネット上で資料が見当たらないため10年前との比較になるが、所得と生活意識の悪化がみられる。

 出典:出生数及び合計特殊出生率については「人口動態調査」(厚生労働省)、核家族割合、平均所得金額及び生活意識については「国民生活基礎調査」(厚生労働省)、生活保護受給世帯数については「福祉行政報告例」(厚生労働省

 このように、「少子化核家族化の進行」といった社会環境の変化よりも、少なくとも統計上は、収入などの経済環境の変化の方が大きいようにみえる。貧困も子育てをしていく上での大きな障害の一つだから、今と昔を比べた場合、経済状況の悪化が家庭での養育力低下の大きな要因という見方もできるだろう。

 いずれにしても、保育所や幼稚園、子育て支援拠点などの現場からは、一様に、最近は家庭での養育力が低下している、という話を聞くから、統計だけでなく、実態としても、昔と比べて家庭での子育てが大変になっているのだろう。それを具体的に裏付けるデータが整理されると、なぜ今子育て支援を充実する必要があるのか、という説明がより説得的になると思う。

 そこで、今と昔とを比べて子育てが大変になったのか、妻に聞いてみた。以下は妻との会話。
 私:「自分の親たちの頃と比べて、今は子育てが大変になったのかな。」
 妻:「当たり前じゃない。ウチは両親と同居だったから、おばあちゃんがしょっちゅう面倒を見ていたわよ。」
 私:「でも、一般的には核家族化なんてずっと前からの話だし、ウチの両親は親と別居だったよ。」
 妻:「あなたのウチは、おじいちゃんが医者じゃない。子どもが病気のときが一番大変なのよ。おじいちゃんが医者だったら、すぐに診てくれるじゃない。だいたいあなたはイクメンとか言っている割には・・・(以下略)」

 ウチの奥さんはいつだって現実的なのである。

児童福祉の現場から① 〜子育ての大変さ〜

 大分県では、24時間365日、いつでも子育てに関する相談をフリーダイヤルで受け付ける「いつでも子育てほっとライン」という電話相談を実施している。そうした電話に寄せられる相談内容を見ていると、いかに子育てに悩み、苦労している親が多いかということに驚かされる。虐待をしてしまいそうだという深刻な相談から、子どもが言うことを聞かなくて困っているという相談、果てはミルクの作り方が分からないという相談まで、実にさまざまな相談が寄せられている。平成23年度の相談件数は2,359件。児童相談所に直接かかってくる相談件数とあわせると、年間で3,000件を超える。子育てに悩んでいても、実際に電話をかけてくる人は一部であることを考えれば、一体どれほどの人が子育ての悩みを抱えているのかと思う。

 一方で、多くの人が子育てに悩んでいるわりには、子育ての大変さというものが、意外に社会から理解されていないのではないかと感じる。「子育てで悩んでいる」と周囲に言っても、「自分も大変だった」、「良くある話だ」、「まあ最後は何とかなるものだ」という具合で、その人の苦労や悩みが本当に伝わっているのか疑わしい。子育ては多くの人が経験しているものの、実際には何とかなることが大半なので、かえって本当に困っている人の苦労が伝わりにくいのだろうか。「思い出は美化される」というが、そのときは大変でも、後から振り替えると楽しい思い出になっているために、相談されても悩みを共有しにくいということもあるかもしれない。

 先日、こんな記事が出ていた。

「“イクメン”の暴走で亀裂が走る夫婦が増加中」:http://nikkan-spa.jp/365171
 (略)“イクメン役”を頑張りすぎて身を崩してしまう男性も増えているという。埼玉県を中心に家事サポートサービスを手掛ける「アイナロハ」代表の渡辺大地氏はこう話す。
 「僕がこのサービスを立ち上げたのは約1年前。当初は『もっと男性が育児参加をしよう』と訴えていくつもりだったのですが、いざ始めてみると状況は想定していたものと違いました。育児を頑張りすぎて自分がダウンしてしまう人が多かったんです。毎晩早めに仕事を切り上げて帰宅して土日は付きっきりで赤ちゃんの面倒をみたり、『男の家事は料理だ!』と張り切って突っ走ったり。でも実は、奥さんがしてほしいのは掃除だったり買い物だったり、人によってさまざま。だから、奥さんの産後のイライラも重なって、意見の違いから喧嘩したり。ちょっと暴走ぎみにイクメンを頑張った挙句、自分の体がもたなくなってしまうんです」
 ひどいケースだと、旦那さんが“産後うつ”になってしまうこともあるという。(略)

 また、現在、半年間の育休中の知人が書いている育休ブログ(「いいちゃんの「ただいま育休中!!
~Beppu Fathering Life 3~:http://beppufatheringlife3.blogspot.jp/#!/2012/11/0891142611527.html)では、育休1か月にして全身蕁麻疹と発熱におそわれた彼が、以下のように書いている。

 昨日は妻に助けてもらった。
 育児家事疲れの僕の、手の指の先から足の先まで全身をマッサージしてくれた。
 体全体が重く疲れがたまっていたので、「指圧とかマッサージを受けに行ってみようかな〜」と話をしたら、代わりしてくれた。
 布団に横になりマッサージを受けながら、妻からケイスケの時の出産、育児の苦労話を聞いた。
 僕にとっては耳の痛い話だったけど、今の状況では、素直に「申し訳なかったな〜」と反省できる。
 一人目のケイスケが生まれた時は、僕は出産前の休暇は取らず、出産後も妻が産婦人科を退院する間の数日だけ休暇を取ったのみ。
 産婦人科ではベッドに横たわる妻の横で、おしゃべりしたり、来客対応したり、本読んだり、眠ったり…と、特別、パパになったが、パパらしいことをする機会もなく、出産関連の休暇を過ごした。
 出産後の妻は1ヵ月ほど実家にいたが、すぐに自宅に戻ってきて3人の生活をスタートさせた。
 僕はパパとしての多少の気持ちの変化はあったが、それまでの生活スタイルはさほど変えることなく、時には飲み会で最終電車で遅く帰ってくるなど、もちろん悪気なく過ごしていた。
 しかし、当時の妻は初めての出産、一人での育児に色々と戸惑い、疲れ切っていた。
 なかなか上手におっぱいを飲んでくれない赤ちゃん、なかなか泣き止まない赤ちゃん、自分のことは全て後回し…。
 体調を崩し、体には痒みを伴う赤い斑点が出ていたそうだ。
 育児家事の疲れがたまって、自律神経が弱っており、体に色々と影響がでていたようだった。
 妻は当時を振り返り、「産後うつ状態」だったという。
 妻は当時も僕に色々と、体の不調のことや育児家事がとても大変だということを話したようだが、ヒジョーに申し訳ないが、僕の記憶にない…。
 マッサージを受けながら、「あんまり記憶にないんだよね…」って言うと、 「そんなもんよね〜、でも今ならわかるでしょ〜」っと、一言。
 再び、「ほんとに申し訳なかったね…」とマッサージを受けながら、謝る僕…。
 極めつけは、「そんな弱っている私に対して、『早く二人目の子どもが欲しいよね〜、作らないとね〜』って言ってたわよね〜、でもそう言われたって、そんな状況じゃなかったわよ!!!!」だって…。
 ギャー、すみませんでした…て感じ。
 妻からの全身マッサージを受けて、疲れも癒え、落ちていた気持ちも上がってきた!
 「笑っているパパ」になるために、さぁ、育休頑張ろう!

 (ちなみに彼は、今ではすっかりペースを掴み、いい感じの育休ライフを送っている。ブログもぜひご覧ください。)

 近年、児童虐待の相談対応件数が増加を続けており、行政としても、相談体制の整備や地域での見守りの充実などに取り組んでいるが、それでも悲惨な児童虐待事例が後を絶たないのは、子育てがいかに大変かということが、社会できちんと共有されていないことが根本にあるような気がしてならない。