児童福祉の現場から④ 〜待機児童の数え方〜

 前回、厚生労働省による「待機児童」の定義や、その「待機児童」と実態(実感)としての「待機児童」の差がなぜ生じるのか、といった点について書いた。
 今回は、実際に自治体で待機児童をどのように数えているか、ということについて書いてみたい。

 このブログを書くに当たり、各自治体の待機児童の取扱いがどうなっているのか、ネットでいろいろと調べてみたところ、非常に興味深い資料を発見した。それが、以下のURLにある、千葉県市川市の資料である。
 http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000119290.pdf
 (「平成23年度第3回 児童福祉専門分科会資料」(平成23年9月30日 千葉県市川市こども部保育課))

 PDFの資料なので、携帯からは見ることができないかもしれず申し訳ないが、中身を見ると、1〜2ページに入所基準の考え方や論点が記載されており、3〜4ページに具体的な入所基準の表が書いてある。そして、5ページには国基準による待機児童の定義が書いてあり、6ページにその国基準を千葉県内の各市がどのように取り扱っているかが書いてある。どうやらこの資料は、市川市の審議会において、保育所の入所基準について議論した際の資料のようである。

 まず、資料の3〜4ページにあるように、具体的な入所基準の設定や、変更に関する考え方や議論を、HPで公開しているのは良い取り組みだと思う。入所基準自体を公開している自治体は多くあるが、変更の経緯を含めてきちんと公開しているのは評価すべきであろう。
 そして、この資料の白眉は、6ページの千葉県内各市の取扱いを記した表である。これは、5ページの国が示している基準を、各市がどのように取り扱っているかを表にしたものであるが、これを見ると、必ずしも、国が示している基準通りに待機児童数のカウントがされておらず、市によってその取扱いにばらつきがあることが分かる。

 例えば、(注6)の欄を見ると、

 産休・育休明けの入所希望として事前に入所申込が出ているような、入所予約(入所希望日が調査日よりも後のもの)の場合には、調査日時点においては、待機児童数には含めないこと

 という国の基準に対し、国の基準通り「待機児童としない」と取り扱っているのが4市、「待機児童とする」と取り扱っているのが4市、一定の要件を付けて「待機児童とする」と取り扱っているのが2市となっている。

 ほかにもいろいろと興味深い点があるが、特に注目すべきは、(注1)の保護者が求職中の取扱いについてである。
 前回も書いたとおり、厚生労働省の定義による「待機児童」と、実態(実感)としての「待機児童」がおおきくズレる理由が、この「保護者が求職中の場合の取扱い」にあると思う。なぜなら、保育所に入れずに困っている人の多くが求職中だからである。
 厚生労働省の定義による「保護者が求職中の場合の取扱い」は、

 保護者が求職中の場合については、一般に、児童福祉施行令(昭和23年政令第74号)第27条に該当するものと考えられるところであるが、求職活動も様々な形態が考えられるので、求職活動の状況把握に努め適切に対応すること。

 となっており、要するに、「求職中の場合には、基本的に「保育に欠ける」状態であると考えられるが、求職活動の仕方によっては「保育に欠けない」こともありうるので、求職活動の状況を見極めた上で適切に判断すること」とされている。
 確かに、一言で「仕事を探している」と言っても、ハローワークに毎日通っている人もいれば、求人情報誌をパラパラとめくっているだけの人、あるいは仕事を探そうと思ってはいるものの具体的な活動は行っていない人まで様々であり、そのすべてのケースが「保育に欠ける」とは思われないから、その意味では「求職活動の状況を見極めた上で適切に判断すること」というのも基準としては正しいのだろう。ただ、都市部であれば1,000件を超える申し込みがある中で、その一つ一つの求職状況を個別に確認していくのは、実務上困難だ。だから、この資料を見ると、実際には個別に求職状況を確認している市はなく、一律に待機児童としている(市川市含め2市)か、一律に待機児童としない(7市)か、ひとり親家庭の場合は一律に待機児童とする(1市)、といった取扱いになっている。そして、仮に、求職中の場合は一律に待機児童としない、という取扱いをした場合、結果として上がってくる「待機児童」の数と、実態(実感)としての「待機児童」とのギャップは、上に書いたように相当大きくなるだろう。

 この資料にあるとおり、市川市は、保護者が求職中の児童については、一律に待機児童として取り扱っている。そのせいもあってか、厚生労働省の発表による市川市の「待機児童数」は多くなっている。最新のデータ(「保育所関連状況取りまとめ(平成24年4月1日)」(厚生労働省))によると、平成24年4月1日現在の市川市の待機児童数は296人で、全国で18番目に多く、千葉県内では最も多くなっている(ちなみに、千葉県内で次に多いのが船橋市で183人、次いで柏市が133人などとなっている。)。千葉県内で、市川市が待機児童が一番多いというのは、直感的におかしい感じがするのは私だけだろうか。

 ところで、待機児童数に関する市町村のスタンスはどう考えるべきだろうか。一般的には、市町村としては、待機児童の数字をできるだけ抑えようという気持ちが働くと考えられる。待機児童が多いことはそれだけで批判の対象となりうるし、子育てがしにくい町という評判が立てば若い人が集まりにくくなるからだ。特に「待機児童数」は、一見すると客観的な数字が明確に出るため比較の対象とされやすく、例えば、「子育てがしやすい町」ランキングなどでは、待機児童数が順位付けに大きな影響を与える。これまで書いてきたように、実は、その数え方に相当のばらつきがあるのだが、マスコミ報道などでは数字のみに注目が集まるため、市町村としてはできるだけ少なく数えようという力が働くことになる。
 一方で、待機児童数が多いことは、それを解消しようという声が大きくなって、施策を進める原動力になる。逆に言えば、待機児童数が低く抑えられていると、保育所の定員を増やすことは難しい。「待機児童数」がゼロなのに、どうして、新しい保育所を作ることができるだろうか。
 だからこそ、公表される「待機児童数」が、実態(実感)の「待機児童数」と乖離しないようにすることが大切なのだ。

 その意味で、市川市が、こうした資料をきちんと公開して、正面から議論をしようという姿勢は大いに評価すべきであろう。実際、市川市議会の議事録を見ると、そのことが議論になっている。

守屋貴子議員
 (略)今、待機児童数の国基準のカウントの現状についてお伺いをしたんですけれども、市川市の状況はわかったんですが、近隣市はどのようになっているのか、この点についてまずお伺いをしたいと思います。(略)

鎌形喜代実こども部長
 (略)他市、近隣市におけるカウントの違いの部分でございます。(略)国から示された定義により待機児童としてとらえるか否かというところでございますが、一般的にほかの市と比べまして、他市と比べまして、本市の待機児童という解釈は比較的広くとらえているということが、比較してみてわかりました。幾つかの例を言いますと、1つとして、保護者が求職中の場合につきまして、今市川市の、先ほどの1,070人の中の210名いるんですが市川市では、特定の保育園を1園だけ希望している人の申し込み者を除いて待機児童としてカウントしているんですが、近隣市では、保護者が求職中の場合は待機児童としていないような市もあると聞いております。(略)

 「市川市 会議録 守屋貴子議員」(市川市http://www.city.ichikawa.lg.jp/cgi-bin/kaigi.cgi?filename=kaigi_121207.txt&count_c=46 (2012年12月7日の市川市議会での会議録))

 これによると、平成24年10月1日時点で、保護者が求職中の児童が210名いるということが示されており、もし、(千葉県内の他市のように)これを一律に待機児童にカウントしないという取扱いにすると、公表される「待機児童数」は相当少なくなると思われる。そこを、市川市としてはあえてカウントすることで、「待機児童が県内で一番多い」という批判を覚悟しながらも、保育所の定員増という施策の推進力としているのである。

 以上見てきたように、待機児童を巡る一番の問題は、その根本である「待機児童数」の数え方が市町村によってばらついていること、そして、そのことがあまり認識されておらず、数字だけを取り出した議論がされることが多いことにあると思う。要するに、正確な保育ニーズがきちんと把握されていないのである。
 先の国会で成立した、「子ども・子育て支援新制度」の一つの大きな狙いは、実は、この保育ニーズを正確に把握することにある。そこで次回は、この制度に盛り込まれた、保育ニーズを正確に把握する仕組みについて解説したい。