児童福祉の現場から③ 〜待機児童のナゾ〜

 毎年、この時期になると新聞の紙面を賑わすのが待機児童問題だ。今年は、待機児童ゼロを目標にする横浜市の取り組みが話題になった。
 「横浜市の林文子市長(66)が公約に掲げている「保育所の待機児童ゼロ」が目前に迫っている。平成22年4月には全国の自治体で最多の1552人だった待機児童数は、積極的な施策の推進で24年4月に179人まで減少。ゼロ達成後も新規転入などで再び待機児童が生まれることは確実だが、短期間での成果に他の自治体の関心も高い。」
 ――「横浜市、待機児童ゼロ目前 課題はコストと保育の質」(MSN産経ニュース
 http://sankei.jp.msn.com/region/news/130217/kng13021722340007-n1.htm

 一方で、杉並区、足立区、大田区では、保育所入所を求める母親たちが声を上げていると報道されている。
 「子どもを認可保育所に預けられない母親が行政不服審査法に基づく異議申し立てを行っている問題で、東京都大田区の母親たちも7日、区に同様の申し立てをした。同様の申し立ては杉並区や足立区でも行われている。
 大田区によると、4月の認可保育所(91カ所)の入所に3546人が申し込み、1次選考で2241人が内定。選考に漏れた1305人が2次選考に回ったり、認可外保育施設への入所を検討したりしている。うち11件について当事者の母親たちが異議を申し立てた。」

 ――「<認可保育所不足>大田区の母親も異議 1305人選考漏れ(毎日新聞)」(Yahoo!ニュース)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130307-00000036-mai-soci

 全国の待機児童数は、厚生労働省の発表によると、平成24年4月1日時点で24,825人。国は、待機児童の解消に向け、保育所の受入れ人数の引き上げに取り組んでいるが、待機児童はなかなか減らない。特に、平成22年度から平成23年度は4.6万人、平成23年度から平成24年度は3.6万人と、定員引き上げのペースを上げているものの、待機児童数はそれぞれ719人減、731人減となっていて、定員増のわりには待機児童はほとんど減っていない状況だ。(数字は厚生労働省保育所関連状況取りまとめ(平成24年4月1日)」)

 なぜ、数万人単位で保育所定員を増やしているのに、数百人しか待機児童が減らないのか。それは、保育所の定員が増えることによって、これまであきらめていた人が申し込むようになるから、結局申し込み人数が増え、待機児童が減らない、という説明が一般的だ。つまり、保育所の定員増によって、“潜在的”ニーズが掘り起こされる、というわけだ。

 この説明は分からないわけではないが、そうすると、「待機児童数」とは、一体何なのか。先ほど触れた、平成24年4月1日時点の全国の「待機児童数」24,825人とは、一体何を意味しているのか。
 例えば、同資料をみると、冒頭に挙げた杉並区、足立区、大田区の待機児童数は、それぞれ52人、397人、392人となっている。冒頭のニュースでは、大田区では1305人が一次選考に漏れた、とされているが、その数字とは大きく違っている。何より、杉並区の待機児童が52人というのは、実感とはかけ離れた数字ではないだろうか。

 これは、「待機児童」という言葉の使い方に問題がある。厚生労働省は、「待機児童」について、以下のように通知で示している(平成15年8月22日雇児発第0822008号「児童福祉法に基づく市町村保育計画等について」)。

 「(待機児童とは、)各年4月1日において、児童福祉法第24条第1項に規定する児童について、保育所における保育を行うことを希望する保護者が同条第2項の規定に基づき申込書を市町村(特別区を含む。以下同じ。)に提出したにもかかわらず、保育所に入所していない児童のうち、規則第40条各号のいずれにも該当しない者をいう。」

 行政通知なので分かりにくいが、これを分かりやすく言い換えると、

 「保育所の入所申し込みがされており、入所要件に該当しているが、入所していない児童」

 を指している。

 つまり、まず、保育所の入所申し込みがされていない場合、すなわち、「どうせ入れないと思ってそもそも申し込んでいない場合」は、待機児童にカウントされない。また、同居の祖父母などが子どもの面倒を見られる場合も除かれる。
 その他の要件については、同じ通知の中で、厚生労働省が以下のような留意事項を示している。ちょっと長くなるがここが大切なところなので引用したい。

 (1) 規則第40条第1号イの「その他児童の保育に関する事業であつて当該市町村が必要と認めるものを利用している児童」とは、地域の保育需要に対応するために地方公共団体が実施している単独施策を利用している児童であり、当該児童は待機児童数には含めないこと。
 (2) 規則第40条第1号ロに規定するとおり、保護者が入所を希望する保育所以外の保育所に入所することができる児童は、待機児童に算入しないこと。この場合、「保護者が入所を希望する保育所以外の保育所」とは、例えば、
 ① 開所時間が保護者の希望に応えている保育所
 ② 保育所の立地条件が登園に無理のない保育所
 をいうものであること。
 (3) 保護者が求職中の場合については、一般に、児童福祉法施行令(昭和23年政令第74号)第9条の5第6号に該当するものと考えられるところであるが、求職活動には様々な形態が想定されることから、保護者の求職活動の状況把握に努め、適切に対処すること(「保護者求職中の取扱い等保育所の入所要件等について」(平成12年2月9日児保第2号))。
 (4) 保育に欠ける児童を居住地の市町村以外の市町村にある保育所に入所させること(広域入所)についての希望があるが入所できない場合には、入所申込者が居住する市町村において待機児童として算入すること。
 (5) 一定期間待機児童の状態である児童については、保護者の保育所への入所希望を確認した上で、希望がない場合には待機児童に算入しないことができること。
 (6) 保育所に入所しているが、第1希望の保育所でない等の理由により転園希望が出ている場合には、当該児童は待機児童には算入しないこと。
 (7) 産後休業及び育児休業明けの入所希望として事前に入所申込が提出されている場合等(入所予約)であって入所希望日が4月2日以後である場合については、当該児童は4月1日時点の待機児童には算入しないこと。

 このうち、重要と思われる(1)から(3)までについて考えてみたい。
 (1)は、例えば東京都の認証保育所横浜市の横浜保育室など、認可保育所ではないが自治体が認めた一定の認可外保育所を利用している場合には、その人が認可保育所の入所を待っていても待機児童にカウントしない、という趣旨。
 (2)は、近隣の保育所に入れるけれども、第一志望にこだわって待機している場合には、待機児童にカウントしない、という趣旨。
 (3)は、求職中の場合には、基本的に「保育に欠ける」状態であると考えられるが、求職活動の仕方によっては「保育に欠けない」こともありうるので、求職活動の状況を見極めた上で判断すること、という趣旨。
 これらを見ていくと、いずれも、厚生労働省の定義する「待機児童」とは、単に保育所に入れなくて待っている、という状態ではなく、他に子どもをみる人がおらず、保育所に入れなければどこにも行くところがない、という、相当限定した場合を指していると考えられる。

 なぜ、厚生労働省は「待機児童」をこのように限定してカウントするのか。それは、法律上、市町村に保育の実施義務があり、「待機児童」の数字は、保育所の整備という話に直結するからだと思う。保育所の整備に直結して何が悪いのか、と思うかもしれないが、保育所の整備には多額の費用がかかるし、保育士も雇わなければならない。だから、もし、「待機児童」を過大にカウントしてしまうと、公費を無駄に使うことになる。そこで、「待機児童」の範囲を限定し、いわば、(こうした表現が適当かどうか分からないが)「本当に困っている人」に限ってカウントする、というやり方になっているのではないかと思う。

 (ちなみに、私立保育所への国庫負担金がおよそ4千億円、私立保育所の児童数がおよそ120万人だから、ごくおおざっぱに計算すると、地方負担も含めれば保育所の子ども一人当たり年間67万円の公費がかかっている計算になる。)

 このあたりは難しいところで、一歩間違えると保育所に入れなくて困っている人たちから怒られそうだが、「子育ての第一義的責任は保護者が有する」という社会的通念の下で、公的補助(税金)の対象となるニーズを厳格に選別していくというのは、私は基本的姿勢としては正しいと思っている。だからこそ、そうした人たちに対する保育の実施が市町村の義務としてより強く求められることになるし、冒頭に紹介した横浜市のように、それを政策目標に保育所の整備に取り組むという根拠にもなる。
 そうは言っても、実際に出てくる数字が、実態(実感)とあまりにかけ離れているのは問題がある。だから、厚生労働省の定義する「待機児童」の数え方がおかしいのではないか、と批判することも可能だと思う。ただ、むしろ私がここで強調したいのは、厚生労働省のいう「待機児童」が、このような性格をもった数字だということを、皆がきちんと理解することが必要だ、ということである。
 つまり、ニュースなどで報道される「待機児童数」とは、「保育所に入れずに困っている人の総数」ではなく、そうした人たちのうち、他に子どもをみる人がおらず、保育所に入れなければどこにも行くところがない、という相当限定された人の数である、ということだ。だから、仮に自分の住んでいる町の「待機児童数」が5人であったとしても、「うちの町には保育所に入れなくて困っている人はほとんどいない」と思うのは間違いであるし、仮に「待機児童数」が0人であったとしても、保育所に入れなくて困っている人がいる可能性は十分にある。冒頭で、横浜市の「待機児童」がゼロ目前、という記事を紹介したが、おそらく4月になれば、横浜市では「待機児童」がゼロのはずなのに、保育所に入れない、という人が続出して、「話が違う」とまた話題になるような気がする。

 それにしても、厚生労働省の発表する「待機児童数」と、実感としての「待機児童数」との乖離は、なぜこれほどまでに大きくなるのだろうか。私は、一つのポイントは、先に上げた(1)から(7)までの要件のうち、特に(3)の要件、すなわち求職中の場合の取扱いにあると考えている。「仕事をするには保育所を見つける必要があるが、保育所を見つけるためには仕事に就いていないといけない」という話をよく聞くが、実際、「保育所に入れずに困っている人」の多くは求職中であると考えられる。ここをどうカウントするかで、「待機児童数」は大きく違ってくる可能性がある。

 この点について、自治体では実際にどのようなカウントが行われているのか。ネットで非常に興味深い自治体の資料を発見したので、次回、その例を紹介したい。

 ※ 厚生労働省の通知の解釈等については、私が独学で勉強したものなので、政府の公式見解とは異なっている可能性があります。もし、間違っている場合にはご指摘をお願いします。