児童福祉の現場から⑦ 〜社会的養護の世界〜

 「社会的養護」という言葉をご存じだろうか。

 「社会的養護」とは、虐待や病気などの理由で保護者に育てさせることが適当でない子どもや、死別、失踪などで保護者のいない子どもに対して、公的な責任として社会的に養護を行うことをいう。

 こうした社会的養護の対象となる子どもの人数は、全国で約4万7千人。このうち、約3分の2に当たる約3万人が児童養護施設で生活している。
 施設で生活している子どものうち、半数以上は虐待を受けた経験のある子どもで、その内訳は、約7割がネグレクト(育児放棄)、約4割が身体的虐待などとなっている(複数回答)。
 また、近年障がいのある子どもが増加しており、施設で暮らしている子どものうち、障がいの診断が付いている子どもだけでも23%となっている。診断が付いていないが、発達障がいなどが疑われるいわゆるグレーゾーンの子どもを含めれば、およそ半数は何らかの障がいがある子どもというのが実感である。

 このほか、約5千人の子どもが里親のもとで生活している。里親というと、身寄りのない子どもを、養子として引き取るいわゆる養子縁組を思い浮かべる人も多いかと思うが、実際には、養子縁組を前提としないケースの方が多い。こうしたケースでは、里親は、国や自治体から支給される手当を受け取って、保護者に代わり子どもを育てている。手当の額は、子ども一人当たり毎月7万2千円(二人目以降3万6千円)。このほか、食費や洋服代として、子ども一人当たり毎月約5万円が支払われている。なお、この手当は、平成21年度に、月3万4千円から月7万2千円へと大幅に引き上げられた。

 この社会的養護の分野において、最近大きな動きがあった。それが、平成23年3月に厚生労働省が発表した「里親委託ガイドライン」である。

「里親委託ガイドライン」(平成23年3月30日雇児発0330第9号)(抄)

2.里親委託優先の原則
家族は、社会の基本的集団であり、家族を基本とした家庭は子どもの成長、福祉及び保護にとって自然な環境である。このため、保護者による養育が不十分又は養育を受けることが望めない社会的養護のすべての子どもの代替的養護は、家庭的養護が望ましく、里親委託を優先して検討することを原則とするべきである。(略)

3.里親委託する子ども
里親に養育を委託する子どもは、新生児から高年齢児まですべての子どもが検討の対象とされるべきであり、多くの課題を持ち、社会的養護を必要としている子どもの多様さを重視し、子どもと最も適合した里親へ委託する。

 社会的養護が必要な子どもを里親に預けることを「里親委託」というが、このガイドラインでは、「里親委託優先の原則」を打ち出すとともに、里親委託の対象はすべての子どもとされるべき、と記している。

 このガイドラインが出された当時の状況では、先に挙げた児童養護施設や、乳児院などそれ以外の施設を含めると、社会的養護の対象となる子どもの約9割が施設で養護されていた。裏を返せば、当時里親に委託されている児童の割合は1割程度だったわけであり、その中で、「里親委託優先の原則」を打ち出した厚生労働省ガイドラインは、かなり思い切った方針として物議をかもした。
 もっとも諸外国に目を転じれば、欧米主要国の里親委託割合は、イギリスが7割、ドイツ・フランス・イタリアが5割、アメリカが8割など、概ね半数以上が里親委託となっている。こうした中で、日本の里親委託率が1割というのは国際的には特異な状況であり、厚生労働省ガイドラインは、欧米各国の流れに沿ったものともいえる。
 ちなみに、国連が示しているガイドラインにおいても、施設養育は限定的にすべきとの方針が示されている。

 社会的養護の世界にはさまざまな課題があるが、私は、一番の課題はその現状が世の中にあまりに知られていないことにあると思っている。最近でこそ、「タイガーマスク運動」(児童養護施設に匿名でランドセルなどを寄付する運動)が注目されたが、保育所などの他の児童福祉と比べても、あるいは高齢者福祉や障がい者福祉と比べても、社会的養護の分野はこれまでほとんど光が当たらない世界だった。
 世間で知られていないということは、施策の推進力が乏しく、端的に言えば予算が付かないということだ。例えば、児童養護施設の職員配置は、小学生以上の場合子ども6人につき職員1人という割合だったのが、平成24年4月に子ども5.5人につき職員1人と、若干の引き上げが行われた。しかし、このわずかな充実を行うのに実に30年以上かかっている。社会的養護の分野にいかに光が当たって来なかったかが分かる。逆に言えば30年間据え置かれていた基準を引き上げるのは大変な努力が必要となるわけで、その意味では、「タイガーマスク運動」も確かに追い風になったし、社会的養護に熱心だった小宮山元厚生労働大臣のリーダーシップ、そして、担当のT課長やS室長の努力に改めて頭が下がる思いだ。

 というわけで、皆さんに社会的養護の世界について少しでも知っていただくためにも、引き続き、このテーマについて書いていきたい(続く)。


(参考)里親委託と大分県
 実は、大分県は、里親等(里親及びファミリーホーム)委託率が近年急上昇している地域として注目されている。大分県の里親等委託率は、ここ10年間で1.2%から25.1%まで増加しており、国が掲げる将来目標の33%に急速に近づきつつある。
 この背景には、いくつかの要因がある。一つは、里親等委託の有効性を、児相職員が広く共有していることだ。当初は、職員の中にも、養育の密室性や手間の増加といった理由で反対する声もあったが、実際に委託を始めてみると、子どもの表情や状態の変化に皆が驚いたという。こうした成功体験の共有により、現在では、子どもの処遇を検討する場合、まずは里親等委託の可能性を議論することが当たり前となっている。
 児童養護施設が、里親等委託の重要性を理解していることも大きな要因の一つだ。里親等委託率の上昇は、一方で施設に入所する児童数の減少を意味するから、両者の相互理解は不可欠だ。このため、県では、里親研修や里親サロンにおける両者の交流、里親の施設見学、施設入所児童の家庭生活体験(トライアル里親)の実施などにより、両者の相互理解に努めてきた。
 市町村の理解も要因の一つだ。里親等委託の魅力の一つは、子どもが地域の中で育つことを確保することにあるが、そのためにも市町村の理解と支援が欠かせない。県では、里親制度説明会や研修会への参加の呼びかけなど、市町村への継続的な働きかけを行ってきた。県南部の佐伯市では、市職員の里親サロンへの参加や家庭訪問などが行われ、里親が地域の社会資源として認知されている。
 里親等委託は、施設入所と比べると児相の事務量が増加する。委託率が上がっても、養育の質が低下したのでは何の意味もない。県では、里親専任職員の配置など、体制強化を順次進めているが、今後とも、里親への支援をしっかり行い、量だけでなく質の確保を図っていきたい。