児童福祉の現場から⑧ 〜児童虐待の防止〜

 全国で悲惨な児童虐待事案が後を絶たない。児童虐待を防ぐため、行政でもさまざまな取り組みをしているが、児童虐待の多くは密室化した家庭で起こることもあって、これを完全に防ぐことはなかなか難しい。
 虐待防止の難しさにはいろいろな側面があるが、今回は、「親子の分離」ということについて書いてみたい。

 児童虐待の防止と聞いて、多くの人が思い浮かべるのが、虐待をする親から子どもを引き離すということではないだろうか。確かに、児童相談所でも、虐待のおそれ(あるいは事実)があると判断した場合には、もちろん同意を取る努力はするものの、最終的には強制的に親子を引き離して(=「親子分離」)、子どもを保護している。だが、難しいのはその後だ。

 親子分離した子どもたちを、誰が、どうやって育てるのか。例えばその子どもが1歳であれば、成人するまで、当たり前だが20年は必要だ。その間、児童相談所でずっと保護し続けるわけにはいかない。だから、そうした子どもたちは、児童養護施設に預けられるか、里親に預けられるか、あるいは家庭に戻ることになる。

 このように書くと、次に、児童養護施設が一杯で、子どもたちが入ることができない、という話が来ると思うかもしれない。しかし、実際には、少なくとも大分県では、児童養護施設の受入れにはまだ余裕がある。むしろ、里親の増加に伴って、児童養護施設の定員を減らしている状況にある。

 では、何が問題なのか。それは、親子分離をするということそのものが、子どもにとっては非常に傷つく体験であるということだ。先日、児童虐待問題で有名な花園大学の津崎教授の講義を聞く機会があったが、教授によれば、
 ・ 乳幼児の親子分離は、動物の世界では死を意味する。
 ・ 施設入所や里親委託される子は、事情はどうあれ、死に値する深い傷つき体験を持っている。
 ということだった。そして、親子分離をすることが、そのときの周囲の大人からすると子どもに良かれとの判断であったとしても、子どもの認識は真逆であり、「自分が嫌われたから、自分が悪い子だったから捨てられた」という見捨てられ感情にとらわれる、という。親から引き離されれば死んでしまうからこそ、子どもには、親への愛着が本能的に備わっているが、虐待の場合には、それが必ずしも良い方向に働かない、ということだと思う。

 児童養護施設で育った子どもたちの「自分史」をまとめた、「施設で育った子どもたちの語り」(「施設で育った子どもたちの語り」編集委員会編 明石書店)という本の中に、次のような一節がある。  

 「小学4年生のときに今まで行方不明だった父親から手紙が来ました。自分には親がいないと思っていたのでうれしくなり、「僕も友達と同じような生活ができるようになるかも」と、淡い期待を抱きました。その父親から5年生のときに引き取りの話があり、二つ返事で帰ることにしました。しかし、約束の日に父親は来ませんでした。裏切られた悲しさと、ほんの少しでも期待してしまった自分に対する悔しさが交錯しました。」

 この子どもは、生まれてすぐに施設に預けられ、両親の記憶が全くない。それでも、親から手紙が来たと喜び、親元に引き取られることについても「二つ返事で」了解し、期待に胸をふくらませているのだ。子どもにとって、親がいかに大切な存在であるかが分かる。

 前回のブログで、国連のガイドラインに少し触れたが、そのガイドラインでも、以下のように示されている。

 「14. 児童を家族の養護から離脱させることは最終手段とみなされるべきであり、可能であれば一時的な措置であるべきであり、できる限り短期間であるべきである。離脱の決定は定期的に見直されるべきであり、離脱の根本原因が解決され又は解消した場合、下記第49項で予定される評価に沿って、児童を親の養護下に戻すことが児童の最善の利益にかなうと判断すべきである。」――「児童の代替的養護に関する指針」(厚労省雇児局家庭福祉課仮訳)

 つまり、親子分離は例外的な最終手段とすべきであり、できる限り分離の期間を短くし、親元に戻せる状態になったら速やかに戻すべきである、ということである。
 このほか、同ガイドラインには、「貧困を理由に親子分離を行ったり親元への復帰を妨げたりしてはならない」、「親がその弱さゆえに子どもを捨てることがないように、特に未成年の親への支援を行わなければならない」といった記述もあり、さまざまな支援によって、子どもが親の元で育つことができるようにすることが、子どもにとって望ましいということが明確に示されている。
逆に言えば、きちんと支援することなしに、貧困や親の未熟性といった理由で安易に親子分離をしてはいけないということである。

 とはいえ、虐待をした親を支援し、養育力を身につけてもらうことは、時として子どもに対する支援よりも難しい。また、児童の安全確保に対する要請が強くなっている中で、いったん分離した子どもを親元へ帰しても良いかどうかというのは、非常に難しい判断となる。昨年11月には、家庭復帰した子どもが虐待死するという事件が相次ぎ、厚労省から、家庭復帰に当たっての留意事項が通知されている。

 子どもの安全を確保しつつ、いかにして子どもを親元に帰していくことができるか。そのためにどんな支援が必要なのか。児童虐待の防止に関する今後の大きな課題の一つであると思う。