小沢氏が消費税法案に賛成できない理由

  野田総理小沢一郎氏との対談が物別れに終わった。報道によれば、野田総理消費税法案への理解を求めたのに対し、小沢氏は、増税の前にやることがあるとして、あくまで法案に反対する姿勢を示したという。会談後、小沢氏は記者団に対し、「政権交代に向けた総選挙で無駄を省き、その財源で政策を実行すると言った。国民は約束が緒についていないという認識を持っている」と語ったという。

 私は小沢氏の政策的な主張を詳しく知らないが、以前どこかで、「小沢氏が一番実現したいのは、本当の民主主義の確立だ」ということを読んだ覚えがある。「本当の民主主義」が何なのか、それが問題だが、一つの方向性としては、官僚主導から政治主導へ、ということだろう。

  民主党政権になって、行政の仕事のやり方がいろいろと変わったが、大きく変わったことの一つとして、官僚が国会答弁をする回数が大きく減少した、ということがある。政権交代以前は、国会での質疑については、大きな方針については大臣、それ以外の専門的な内容は官僚が答弁する、ということが一般的だった。ところが、政権交代後、小沢氏は、国会での官僚答弁禁止を定める法律を出す、と主張し、実際には立法化には至らなかったものの、官僚が国会で答弁をする機会は大きく減った。代わって答弁の回数が飛躍的に増えたのが、政治家である副大臣政務官である。かつては、「専門的な内容なので局長答弁で」、と言っていたところが、「専門的な内容なので政務官答弁で」、とお願いすることが普通になった(もっとも、最近は、官僚が答弁する機会もやや増えてきているようだ。)。

※国会で官僚が答弁するためには、原則として、質問する議員の許可が必要である。だから、これまでも、質問する議員が、どうしても大臣以外の答弁は認めない、と言えば、官僚は答弁をすることができなかった。ただ、例えば質問が30問あったら、全部大臣が答弁するのは大変なので、細かいところは局長で、とお願いすれば、それが認められることが多かった。

官僚が国会答弁する機会が減ったからといって、それがどうした、些細なことではないか、と思うかもしれない。だが、これは決して些細なことではなく、政治家である副大臣政務官が政策に関わるチャンスを確実に増やしていると思う。
 国会での質疑は、TV中継などで見るだけでは、くだらない議論ばかりしている、と思う人も多いかもしれないが、実際には、具体的な政策の議論もされているし、それによって実際に政策が変わることもある(TV中継が入ると、どうしても“大衆ウケ”しやすいテーマ(不祥事とか、責任追及もの)が多くなり、本当は重要である細かい政策の話が出にくい傾向がある。)。しかも、国会の質疑で取り上げられるテーマは、その時点でもっともホットな問題である。そうした問題について、官僚が答弁する場合、どうしても、現状を肯定するスタイルのものになりがちだ。ところが、政治家が答弁する場合、本当におかしいと思えば、一歩踏み込んだ答弁が可能になる。それが民意を受けた政治家が役所に来ている意味だ。
  さらに、答弁そのものだけでなく、答弁をするにあたっては、当然、そのテーマに関して事前に勉強(官僚が説明)が必要になるが、その過程で、問題が明らかになり、政務三役から官僚に指示が出されることもある。そうなってくると、国会で取り上げられそうなテーマについては、早い段階で、事前に政務三役に相談しようということになり、政策に対する政治家の関与が深まっていく。

 つまり、国会答弁を官僚が行う機会を減らし、政務三役による答弁の機会を増やすことは、政治家(政務三役)による政策決定への関与の度合いを高めることになる。それが、政治主導ということの一つのねらいだろう。自民党政権下においても、副大臣政務官の活用ということはしきりに言われていたが、そういったスローガンだけでは、実態はなかなか変わらなかった。その点、小沢氏の提案は、政治主導を進める上で、とても実効性のあるものだったと言える。さすがに官僚の組織や力学を熟知した、小沢氏ならではの鋭い提案だと思う。

  だいぶ話が脇道にそれてしまったが、これまで書いてきたように、「真の民主主義の確立」に情熱をかけてきた小沢氏にとって、マニフェストに違反する、ということは、とても受け入れられない結論なのだと思う。マニフェストの重要性をどう考えるか、というのは、さまざまな立場がありうるが、消費税の増税法案に賛成する立場からすれば、確かにマニフェストとは異なるかもしれないが、現在の状況を踏まえれば、改革は待ったなしなのだから、この際、マニフェストの話は置いておいて、速やかに改革を行うべきである、という主張になるのだろう。ところが、マニフェストこそ国民との契約であり、それが民主主義の基本だと考える小沢氏にとっては、「この際マニフェストは置いておいて」という考え方は、「真の民主主義の確立」が敗北することを意味する。だから、財政状況が非常に厳しいとか、社会保障の改革が必要だ、といった政策論で、小沢氏を説得することはとても難しいだろうと思う。