働き方を見直す⑤ 〜イクメンプロジェクト その1〜

  今回は厚生労働省が平成22年度に実施した「イクメンプロジェクト」について、その立ち上げに関わった立場から、その経緯について書いてみたい。

 そもそも「イクメン」という言葉は、政府が考え出した言葉ではなく、プロジェクトが始まる数年前に、ある広告会社で生まれたものだ。それが政府のプロジェクトの名前となったのは、1月17日の参議院予算委員会で、長妻厚生労働大臣(当時)が、「イクメン・カジメンという言葉をはやらせたい」と答弁したことがきっかけだ。これは、役所が振り付けたわけではなく、大臣のオリジナルの発言である。少し長くなるが、当時の議事録を抜粋したい。

近藤正道君 労働者派遣法のことでありますけれども、今ほど来議論がございました。(中略)しかし、この派遣法を改正したとしてもまだまだ課題はたくさん残っております。若者、女性、高齢者、障害者の就労を支援して、みんな、すべての人に出番と居場所を保障する、そういう意味では、同一価値労働同一賃金に向けた均等待遇の推進とか、最低賃金の引上げとか、あるいはワーク・ライフ・バランス、こういう課題がまだこの国にはたくさん残っておるわけでございます。
 仙谷大臣にお尋ねをいたしますが、六月までに肉付けする新成長戦略の中で、今私が言ったポスト派遣法の抜本改正、その後のいろんな課題はきっちりと議論していただけるんでしょうか。
国務大臣仙谷由人君) (略)
国務大臣長妻昭君) 今具体的に女性の労働力あるいは均等待遇というお話ございましたので、若干具体論で申し上げますと、(中略)。
  そして、もう一つは、今年六月から本格施行いたしますこの育児・介護休業法でございますけれども、これについて、三歳までの子を養育する労働者に対する短時間勤務制度を義務化すると。こういう制度を企業は入れてくださいと、三歳までのお子さんを持つ親御さんに対してですね。あるいは男性の育児休業取得促進のための制度も導入いたします。
 そして、私自身はちょっとこういう言葉をはやらせたいんですが、イケメンという言葉がありますが、イクメン、カジメン、これが格好いい男性だということで、育児を手伝って家事を手伝う男性もこれ実は日本が、先進国で見ると、家事を手伝う男性の時間が先進国で一番短い部類なんですね、日本の男性がですね。
  そういうようなことにつきましても取り組みたい、PRをしたい
ということと、この均等待遇でございますけれども、無期・有期、パート・フルタイム、男性・女性、派遣・直接雇用等で待遇がかなりバランスを欠くものもございますので、これについても我々、均等待遇に向けて取り組んでいきたいというふうに考えております。

 当時、長妻大臣は、子育て分野には関心が薄いと思われていたので、この答弁を聞いた我々事務方はびっくり仰天した。そもそも質問も派遣法についてのもので、男性の子育てについては直接聞いていない。それをわざわざ自ら発言を求めて、イクメンをはやらせたい、と答弁したのだから、大臣に一体どんな心境の変化があったのか、という思いだった。
  大臣は一体どうやって「イクメン」という言葉を知ったのか。ここからは私の想像だが、ちょうど元旦の日経新聞に、「イクメン・カジメン」という言葉の解説が載っており、大臣はそれをご覧になったのではないか、と思っている。「カジメン」という言葉に触れているのも、それと符号する。
 それはともかく、大臣が「イクメン」という言葉をはやらせたい、と国会の場で公式に発言した以上、そのための施策を進めなければならない。もとより男性の育児を進めることはこれまでの施策でもあり、「男性の育児休業取得促進事業」というカタい名前の事業で予算も既に確保していた。このため、これを機に、「イクメン」という言葉を前面に出して大々的にアピールすることにした。「イクメンプロジェクト」の誕生である。

  とはいえ予算も既に確保していた範囲内しかなく、できることはかなり限られていた。「チームマイナス6%」とか、「食育プロジェクト」とか、他の政府の事業も研究したが、予算規模が二桁違っていて正直言って唖然とした。必然的にプロジェクトの内容は、ホームページを中心としたPRという非常に地味なものとなった。当初、芸能人を「イクメン大使」として任命する、という案もあったが、お金がかかるという理由で却下された。そこで、一般の方からの投稿を中心とした「参加型」のホームページとして、「イクメン宣言」、「イクメンサポーター宣言」、「イクメンの星」といったアイディアが出された。また、運営についてはNPOや民間の協力を全面的に仰ぐこととし、NPO法人ファザーリング・ジャパン代表の安藤さんを座長に、駒崎弘樹さん、小室淑恵さん、渥美由喜さんなど、この業界ではスター選手ばかりの贅沢なメンバーにお願いした。
 こうして始まったプロジェクトは、地味ではあったがマスコミの受け止めも非常に好意的で、その反響はとても大きかった。「イクメン」という言葉は流行語大賞トップテンにも選ばれた。かけた予算を考えれば、政府のPRとしては異例ともいえる成功だったと思う(つづく)。