本を捨てる

  本が捨てられない。結末が分かったミステリーなど、今さら読み返す可能性はほとんどゼロに近いが、それでも、本をゴミ箱に入れるのは抵抗がある。大げさに言うと、本を捨てるのは、文化に対する冒涜のように感じる。だから、後で読むかもしれない、と思って捨てられないのではなく、本というものを特別の存在と感じているのだろうと思う。
 私はもともと、あまりモノに執着しないタイプなので、使わないのに取っておく、ということは珍しい。なぜ、本だけ捨てられないのかは、自分でも謎だ。活字が書いてあっても、新聞はもちろん、雑誌を捨てることにはそれほど抵抗はない。してみると、本に込められた著者の思いや、それが文化の一端を担っている(というか文化そのものである)という点に、捨てることに対して抵抗を感じる理由があるのかもしれない。

  困ったことに、本が捨てられないのに本が好きなので、読み終わった本が増えていく一方だ。アメリカから戻ってきてすぐ、IKEAで本棚を買い、今では本棚が5つになったが、それもそろそろ限界に来ている。これ以上、本棚を置くスペースがなく、どうしたものかと悩んでいる。
 周囲の人たちに聞いてみると、こうした悩みを持っている人は意外と多いようだ。ブックオフでは、一冊10円とかで本を引き取っているが、それでも売りたいという人がいるのは、きっと本を捨てることに抵抗があるからだろうと思う。一方で、以前、職場の同僚で、本好きの人がいたが、その人は、本を読んだら捨てるのが当たり前と思っており、本が捨てられない、と言ったら、どうして捨てられないの、と不思議な顔をされた。

  私にとって、本は、いつも携帯している精神安定剤のようなものだ。出かけるときに、実際に読むかどうかにかかわらず、本が鞄に入っていると安心する。いや、出かけるときどころか、家のトイレであっても、読むものを探してしまう。ほとんど活字中毒だ。手持ちぶさたになると、ついつい活字を探してしまう。気づけば、電車の吊り広告は当たり前、トイレであればウォシュレットの注意書きを読みこんでいる自分に気がついて、自分でも可笑しくなってしまう。

 それでも、本に囲まれた生活は悪くない。妻も本が好きなので、読みさしの本が、テーブルの上や布団の脇に置いてあることも多い。そのせいもあってか、娘も本が大好きになった。本を読む楽しみを子どもたちに自然に伝えることができるのであれば、これに勝る喜びはない。