なでしこジャパン優勝に寄せて

  なでしこジャパンがワールドカップで優勝した。リードされても決してあきらめず、2度も追いついて、最後はPK戦で勝ったのにはとても感動した。素人目に見ても、アメリカは日本よりも格上だったように思う。その相手にリードされて、もうだめか、でもよく戦った、と半ばあきらめた視聴者も多かったのではないか。
 しかし、彼女たちは全くあきらめていなかった。リードされた後も、全く焦ることなく、淡々とボールを回し、いつもどおりプレーしていた。あまりに落ち着いているので、私などは本当に勝つ気があるのか、とすら思ったほどだ。だが選手たちが勝ちたいと思っていなかったはずはない。きっと彼女たちは、アメリカに勝てると確信していたのだと思う。それは、世界4位という実績から来る自信と、ハングリー精神に支えられた強い精神力の裏付けがあればこそだと思う。

  キャプテンの澤選手は、インタビューで、「結果がすべて」ということを繰り返している。女子サッカーは、これまで日本ではマイナーな存在で、シドニーオリンピックの出場を逃してからは、不況の影響もあり企業が次々と撤退し、一時は存続の危機に追い込まれたという。「結果がすべて」という言葉は、結果を出さなければ誰も注目してくれない、注目されなければ生き残れない、という、強烈なハングリー精神の表れだろう。

 日本の若者の内向き志向が言われている。日本から海外への留学生数は、2004年をピークに減少しており、新入社員へのアンケートでも、「海外では働きたくない」と答えた者の割合が、2001年度には3人に1人だったのが、2010年度には2人に1人まで増加しているという。留学生数の減少については、少子化の影響もあるので単純に内向き志向の表れであるのかどうかは分からないが、いずれにしても、日本国内での生活に満足している学生に、敢えて海外に打って出る気持ちがなくなってしまうことは想像に難くない。最近の若者は、かつての若者に比べハングリー精神を失ってしまったのだろうか。
  前回の日記にも書いたように、アップル社CEOのスティーブ・ジョブズ氏は、その講演の中で、”Stay hungry, stay foolish”と言った。だが同じ講演の中で、氏は次のようにも言っている。
 ”… it turned out that getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me. The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods in my life.”(アップルをクビになったことは、自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者の重圧が消え、再び初心者の気軽さが戻ってきたのです。あらゆるものに確信はもてなくなりましたが。おかげで、私の人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです。)
  つまり、ジョブズ氏は、アップルをクビになったことで、ハングリー精神を取り戻すことができたと言っているのである。
  このことは、ハングリー精神を持ち続けることがいかに難しいかを如実に示していると思う。いったい、ハングリーでない人がハングリー精神を持つことは可能なのか。ハングリーでない人に「ハングリー精神を持て」ということは、ナンセンスであるようにも思える。そう考えると、先の講演が、最も恵まれた環境にあるであろうスタンフォード大学の卒業生に対してなされたものであることは示唆的だ。恵まれた環境にあるからこそ、ハングリー精神を持ち続けてほしいという、ジョブズ氏の挑戦的ともいえるメッセージであるようにも思う。

 ハングリー精神を剥き出しにして戦う姿は、人に感動と勇気を与える。だがそれを見て感動している人の多くは、決して飢えることのない安全地帯にいるのだ。満ち足りた生活をなげうって、敢えて自分自身が戦う立場になろうという人は少ない。だからこそ、戦う人に対して称賛が与えられるともいえる。ハングリーでなければハングリー精神を持たなくても生きていける。それがハングリーということの文字通りの意味だ。それを我々は目指してきたはずだが、一方で、一度切りの人生、それで本当に満足なのかという声を聞きながら、毎日が平穏に過ぎてゆく。